GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

技術空洞

ソニー本で「技術空洞 VAIO開発現場で見たソニーの凋落」と言う本があり、その書評をされているエントリからTB。

「技術空洞 VAIO開発現場で見たソニーの凋落」を読みました。

気になった所を引用。

出井さんの技術軽視は有名で、知り合いのソニーの現場の技術者も殆どアンチ出井でした。この出井さんの現場軽視の姿勢が優秀な技術者の流出を招き、ソニーの現場崩壊を招いたと書いています。

SIerにとっても大変耳の痛い指摘です。

恐らく出井さんにとっては「技術=実現手段」だったんだろうと。まずは何を実現するかが重要であり、その手段である技術は副次的に考えてよいし、ソニーは図面だけ書ければいいだろう、と。

が、図面だけ書いても何もわからないのですよ。
ここが経営と話をするとズレてんじゃねーの、って思うポイントです。

技術を軽視するSIerは、比較的マネジメントを重視します。イメージで言うと現場監督とリーダークラスだけウチの会社は出して、後は他の会社にアウトソースみたいな。極論すると管理能力だけあればいいんだよ、って感じ。現場からしたら、恐ろしく都合のいい絵に描いた餅をドカンと打ち出します。多分大手は何処も同じようなこと言ってるでしょう。

管理能力は技術力があってこそ生きる能力のはず、と私は考えていますが管理能力と技術力は別物だと考えている経営陣が多い気がする。厳密に分ければ異なる能力ですが、バランスが取れていなければ意味が無いと思います。「ある一定の」レベルをクリアしなければ、この2つの能力が有機的に絡み合うことはないでしょう。アンバランスだとそれが穴となり、プロジェクトが破綻する。

ただ、読んでて重要なポイントだなーと思ったのは、カンパニー式の統治システムや、EVAなどの数値評価を取り入れた途端、現場の活力が無くなったくだりです。

ここが面白かったです。

技術に対して短期的なリターンや絶対的な数字を求められると相当きつい。本来創造的であるはずの仕事が、あっという間にルーティンワークやノルマこなしの仕事になってしまう恐れがある。

経営からしたら現場が何をやっているか可視化したいってことなんでしょうが、「可視化=監視」に近い会社がホントに多いと思われる。内部統制でも同じことが言える。

その弊害を見事に表現しているのが、この記述。

経営側からは、管理システムをきっちり整備すると社内が把握しやすくなると考えるのでしょうが、革新的な技術は、いわば親の目を盗んだいたずらみたいなことから始まることも多いので、社内に「遊び」や「隙間」を残しておかないと、長期的な技術力が低下しやすいんですね。

遊びをどう会社に取り入れるか。Googleの様に、業務時間の20%は個人の自由にしてよろしいという仕組みが今の所一番機能しそうだなぁと思います。