GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

Who is your blog's reader?

ぶっちゃけ「自分」じゃないですか?

私は3年近くブログを書いていますが、自分で読み返したりするのがまた楽しくてブログ書いているのが正直な所です。たまに他の誰かのお役に立つこともあると思いますが、社会的知名度も無い一人の若造の日記ですから、「あちら側」からのレスポンスを常に期待してもそれは難しくて。

# 長続きしないのは、ブログを書いても得るものが無いと思うからでしょう。

そういったことよりも、「文章を書くということ」を愛しているか否か。これが重要なんだと確信した今夜。

今手元になくてものすごい後悔している本があります。村上春樹の「遠い太鼓」という本です。これは村上春樹夫妻が役3年間に渡ってギリシア・イタリアを旅した記録の紀行記なのですが、数ある村上春樹の著作の中でNo.1だと思ってます。家のリフォームの際にどっかいっちまった・・・。名作なので読んで欲しいです。損はさせません。

文章を書くということの本質は、だいたい以下2点に帰結できる。自分に向けてという意味で。

カタルシスを得ることができる。

カタルシスとは「ある物語の中で展開される世界への感情移入が行われることで、自分が持っている抑圧されていた(裏に隠れていた)感情が解放されて得ることができる、ある種の浄化作用」のことです。

もっとザックリ言えば、映画でも小説でも何でもいいんですが、その物語に出てくる人物と自分を重ね合わせることである種の癒しを得ることができるってことです。コレは自分が書いた文章でも同じことが言えると思う。

自分の中のモヤモヤとか鬱積したものとか言いたいこととか、そういったものをBlogという形で外に解放することでスッキリしたりすることもあるわけで。特にムカついた事とかw

自分のスナップショットが取れる。

正にこれが、村上春樹が遠い太鼓で言っていたことです。

文章を書くということは、その時々の自分を「保存」することができます。その保存された自分というのはものすごい過渡的なものであり、言わば「○○年××月△△日時点の自分」です。

そのスナップショットを「参照」したり「更新」したりすることで、自分を見直すことができる。ああ、オレあんなこと思ってたけど全然わかってなかったな、とか。あの時感じたアレは間違いじゃなかったんだ、とか。あの時コレで失敗して、また同じこと繰り返す所だった、とか。

そういうことができるのって、文章を書くことぐらいしか無いと思います。