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ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

自ら命を絶つのは教育者として最低の行い

いじめが発覚した学校及び履修漏れの学校の校長先生が、相次いで自殺するということがおきています。

「普通に」考えれば死んでしまわれても誰も浮かばれないのですが、自殺を考えて実行してしまう時の精神状態というのはそういった合理的、理知的な判断は下せなくなってしまっているのだろうと思います。逆に言えば、こうなってしまってはもう遅いということではないでしょうか?誰かが「絶対に死ぬな!」と強く強く思いを伝えなければならなかったと思う。

自ら死を選ぶことは、自らの負うべき責任からの逃げであるというだけでなく、つらいことがあったら死ねばいいというメッセージを生徒たちに伝えてしまうことでもある。

(中略)

その意味で、あえて言い切ってしまうが、どんな理由にせよ教員が自ら命を絶つのは、教育者としておそらく最低のふるまいではないかと思う。

おっしゃる通りだと思う。

履修漏れにせよいじめにせよ、校長先生がその呵責の念から命を絶ってしまったことで、この問題が解決するわけでない。誰も浮かばれない。生徒さんも、学校も、校長先生の親族やご友人も、誰も決してハッピーにはならない。起こってしまった現実は、誰も変えることが出来ない。過去を変えることは誰にもできない。

だからこそ未来というのがあるわけであり、現実と理想の間にベルリンの壁があろうとも、現実を見据えて1つずつ片付けて改善して成長していく生き様を、校長先生には見せて頂きたい。それが「教育」ということではないだろうか。勉強だけ教えることが教育ではないはず。教育の立場に立つ者の矜持と覚悟を、見せて頂きたい。覚悟に勝る決断は無いのだから。

それに、いじめで死を考えてしまっている学生にも言いたい。「お父さん、お母さんごめんなさい。」って遺書に書いてあったりする。だけど、親より先に死んでしまうことが何よりの親不孝であることを、知って頂きたいと思う。