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ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

IT Doesn't Matter擁護論

CIOOnlineに、「IT Doesn't Matter」で有名なNicholas Carrのインタビューが掲載されています。面白いです。
ITの"戦略的価値"は本当に失われたのか?

この記事に書かれているNickの主張をザックリまとめると、

テクノロジーがまだ新しかった何年も前から、他社に模倣できるようなITを構築しても、時を経るに従いすべての技術は普遍化していきます。ビジネス・プロセスは標準化され、そのプロセスの土台となる技術も標準化されていく。そうなれば、テクノロジーが戦略的価値を持続することは困難である。ITを保有しているだけで、自社を他社から差別化することが可能なのでしょうか?これらの問いに対しては、残念ながら「ノー」と答えるしかありません。

というもの。

以下記者の質問に答えるNick。

企業ITの相互運用性や透明性が高まれば、その分、ITが生み出す価値も高まるのではないでしょうか?

Nickの回答:

新しい技術が出現すると、必ずと言ってよいほど新しい企業が生まれ、その技術を使いこなして成長を遂げるものです。現在の企業で言えば、インターネットの登場によって飛躍したイーベイやアマゾン、グーグルなどがその好例でしょう。しかし、私は、「そんな企業がいったいほかにどれだけあるのか」ということのほうに注目しているのです。

ITの持つ戦略的価値の減衰」とは、ITによって実現するビジネス・モデルやビジネス・プロセスをも含んでのことなのでしょうか。

Nickの回答:

そういうことです。

我々がITと呼んでいる、今日の標準化された新しいビジネス・インフラは、業務においても、従来より企業が保持していたある種の競争力を奪おうとしています。例えば、今では、企業が培ってきたベスト・プラクティスがオートメーション化され、ITに組み込まれるようになっています。それをだれもが利用できるのなら、必然的に業務上の優位性は希薄になるでしょう。

なぜ企業間格差が生まれるのでしょう?IT戦略の是非が影響を与えないでしょうか?

Nickの回答:

テクノロジーの利用だけが成功の秘訣ではないということに尽きます。

ウォルマートにしても、店舗の配置や商品の選択という根本的なところからビジネスを見直し、それによって競争優位を確立したのです。もちろん、同社が現時点でITユーザーのお手本であることは否定しません。おそらく、これからもそうあり続けるでしょう。そんな同社であっても、テクノロジーのみで競争力を得たわけではないというところに、「IT」と「競争力」を直接結び付けて考えることの限界があります。

ITに限らず、それ自体が競争優位をもたらすようなリソースは存在しないのか?

Nickの回答:

そのようなものはほとんどないと言ってよいでしょう。

私の意見

私は「IT Doesn't Matter」を支持します。

テクノロジーに価値が無いとは、Nickも言っていない。それを否定するなればGoogleやAmazonの今は無いし、多くの企業が成功してきた理由を説明できない。

だが、テクノロジーの価値と企業が競争に勝ち抜くために必要な価値は、イコールではない。これがNickの主張のポイントだ。

CIOOnlieの記事では、WAL-MARTやGoogleやAmazonやE-Bayなどを挙げて「彼らはITをベースに競争力をつけたいる」と主張しているが、私は「それはビジネスプロセスをITに落とし込んだ執念が成した結果であり、ITそのものの価値は時がたてば減衰していく」と考えており、Nickの意見と一致する。

特に賛同できるのが「ITによる差別化を謳歌できる時間は短い」というもの。技術革新によって得られた新技術は、競合他社と差別化を図ることができる材料になる。それは正しい。だが、それによって差別化を図れる期間というのは短い。先進的なIT投資で得た優位性は、また新たな先進的なIT投資を行うことで持続される、ある意味でラットレースなのではと考えます。

企業内資源はそれ自体が戦略的価値を持っているわけでない。優秀な人材がいる、優秀なシステムがある、潤沢にフリーキャッシュがある。でも、「それだけ」だ。特定のリソースそのものが競争力を生む源泉であると考えるのは早計だというNickの主張は、全うなものであると思う。

ただ、Nickの主張で「インフラとアプリを区別する意味は薄れている」というのがあるが、それについては賛同しかねる部分がある。確かに、IT資産が企業を回すインフラと考えれば、ITインフラもアプリも同じ目線で捉えるのは理解できる。ユーザー企業にとってはそうだろうし、そうあるべきだとも思う。

ただ、私たちIT屋にとってみれば、インフラとアプリではビジネスモデルが違ってくるし、同一化することで逆にわからないことも出てきてしまう。技術を見極めていくには、インフラとアプリに分けて考えることは必要なことであるように思う。

IT Doesn't Matterに対する反論を斬る

この論旨に対する反論の多くは、

ITを使いこなす能力──ITケイパビリティやIT成熟度、情報活用による創発的イノベーションなどの視点がない

というもの。

これについても反論してみたい。

Gartnerの栗原氏*1はこのような反論を展開している。

Gartner Column:第121回「もはやITは戦略的ではない」との主張に理論武装しておこう

つまり、ITの概念には、電力に相当する要素と電力の使い方に相当する要素の両方が含まれている。電力はどの電力会社を使っても同等であるが、電力を使ってどのようなビジネスをするかはそれぞれの企業独自のものであり、まさに企業戦略と言える。ITの中に電力に近い要素があるというだけで、IT=電気とみなしてしまい、ITを企業戦略にどう活用するかという重要なポイントに(ひょっとすると確信犯的に)触れていない"IT Doesn't Matter"の論理展開は詭弁と言ってしまってもよいかもしれない。

ITは皆にとって同等だが、活用法は別だという話。そこに触れてないのはおかしいだろう、と。

そういうことをNickが問題提起しているのではない。そんなことは当たり前の話であり、わざわざ議論することでもない。

Nickがそこに触れなかったのは、ITとITの活用法を厳密にわけて議論をしたかったからだ。ITというリソースが特定の企業の競争力の源であるというIT肯定論に対して、ITの活用法、つまりノウハウが企業の競争力が競争力を生むのであり、だからこそITリソースそのものは「IT Doesn't Matter」なのだ、という話をNickはしたいのだ。勘違いしてはいけない。問われているのは、ITリソースそのものは企業経営にとって価値を生まないのではないか、ということなのだ。

私がNickなら逆にこう問いかける。ケイパビリティや成熟度や情報活用によるイノベーションは、"IT"なんですか?、と。それはITではない。人間の知恵でありノウハウでしょう。

というわけで、

特定の企業内リソースだけに着目して、それ自体が企業の競争力を生むのであるという理論には気をつけましょう。

*1:今はもう別会社の代表になられた

SQLを学習できるWebサービスを作りました。