GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

エンジニアの原始的な楽しみ

Lingrを作られた、エジケンの名エントリがこちら。

フロンティアにある技術を追いかけるとき、バッドノウハウ開拓はエンジニアのモチベーションであり、その深さとパワーは競争力の源泉だ。それはぼくがコーディングを始めたパソコン黎明期の20年前と何も変わっていない。最先端の技術を扱っているときに限っては、「バッドノウハウ」はとてつもなく重大な意味をもつ。問題は、自分が獲得したバッドノウハウにしがみつき始めたときに起きる。最先端の技術を追うことをやめた直後から、その人の持っていた技術的なノウハウはだんだん色あせて、いつしかもっとシンプルな技術の登場によって徐々に置き換えられていく。それは、この世界が新しい世代への新陳代謝を維持するために巧妙に仕込んだチェンジ・エージェントなのだろう。

そして、こういう原始的でディープな技術的お楽しみは、どっぷり浸っている人にしか見えない・理解できない。

この箇所は何度読んでも味わい深い、感動的な文章だと思っています。

常に最先端の技術を取り扱うことに嫌気が差してしまうのは、技術的新陳代謝のサイクルに仕組まれている「チェンジ・エージェント」の存在を認めていないからだ、と説く。自分が頑張って身につけたスキルが、もっとシンプルで置き換えが効く何かに食われてしまう。こんなんやってらんないよ、って。その「やってらんないよ」が積み重なると大体35歳で限界を迎えるから、SE35歳定年説なんてのが一人歩きしちゃったのかな。

普通の人は、変化を嫌う。自分が持っているものが失われてしまうから。でもそれって、「ないものねだり」だと思ってて。だってIT技術において3年前と今では「HOTなスキル」は違うわけだし、そのバッドノウハウが集約されたらいつかはシンプルなソリューションに置き換えられちゃう。今はRailsがHOTかもしれないけど、3年後にはRailsの扱いが今のStrutsぐらいになると思う。JavaエンジニアならStrutsぐらいはみんな出来るよね、って。RubyエンジニアならRoRぐらいはみんな出来るよね、って。

そう、「すげーな、そんなことできるんだ」⇒「XXぐらいはみんな使ってるよね」という変換。この変換を裏で行っている、云わば見えざる神の存在をエジケンは「チェンジ・エージェント」という言葉を使って表現しているわけで。この新陳代謝サイクルに沿うお楽しみを見つけるには、表面的な技術の変遷だけを掬い上げているだけじゃ辛すぎるわけで。

最後に、弊社のインフラ系エンジニアがこんなことを言っていた。こういう気持ちで作業をしているエンジニアってすごい少ないと思う。

ハードウェアの交換作業で、SUNのとあるサーバで作業することになった。こういうデカイ商用Unixサーバの停止・起動といった実作業*1をする機会はそうそうないので良い機会に恵まれた。ラッキー。

「ラッキー」って言えるエンジニアが何人いるのか。私だったら「げ、めんどいなそれ。」で終わってしまう。

こういう感覚を持っている人が「原始的でディープなエンジニアの技術的お楽しみ」を、謳歌できるんだと思います。

*1:引継ぎもちゃんとできておらず、手順書もなく、この某サーバも既に製品販売は終わっている