GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

男と女は互いに苦労するように出来ている

前回のエントリが思いのほか多くの方に見て頂けたので、もう1度恋愛ネタを書くことにしました。結論から言うと、タイトルにある通りで「男は女で、女は男で、互いが互いに苦労するように出来ている生き物である」と僕は思っています。男と女は圧倒的に違う生き物なのに愛し合って生きていくことで幸せを求めるという矛盾を抱えている。だからこそ、面白い。色々違う所はあると思いますが、こういう所が圧倒的に違うのかなと思うポイントを書いてみます。

自由を求める男、永遠を求める女

僕もそうなんですが、男というのはとっても飽きっぽい生き物です。ずっと同じ場所で同じ行動を他人と共にするのは、それがたとえ大好きな人であっても飽きてしまいます。同じ状態を長く続けることに苦痛を感じます。旅行に行ったら温泉に入りたい時もあれば、絵画鑑賞をしたい時もあれば、ただコーヒーを飲みたい時もあります。男はとても移り気なのですが、女は往々して「今、二人でそこにいること」そのものに意味を求めようとします。二人で歩いている時も彼氏は露出度の高いおねーちゃんに目が行っているけど、彼女は彼氏のことを見ていて歩いてくる人にぶつかったり(笑) これはアナタに飽きたのではなく、同じ状態でいることに飽きただけです。だから、ずっと家庭にいるっていうのも、無理。僕は絶対無理。男は社会の中で自己実現を満たすことで救われる生き物だと思っています。

Hをしたくて追う男、Hをしたから追う女

ここに書いてある通りなんだけどね(笑)

男って射精という行為が物語るように、とにかく性的衝動を放出したくてしょうがない生き物です。だからAVもあれば、風俗もあれば、売春もある。性産業が永遠に不滅なのは男のスケベ心は如何ともしがたいから。女性の柔肌に触れたくてしょうがないという本能を持っている。だから、その本能を満たせてくれない女性(=ヤらせてくれない女性)には絶望しちゃいます。Hすればいいという話でもないけど、しないことには始まらないみたいな。身も蓋も無いかもしれないけど、本能というのは得てしてそういうものです。

で、これが困ったところなんだけど、男と女では愛情曲線が違う。男は大抵最初にピークが来てしまう。時間の経過と共に上昇するってことはあんまりなくて、平行線もしくは下降線をたどる。女性は逆で、初めは一番低くて段々と上昇していく。男は「吐き出すまで」がピークな生き物で、女性は「受け入れてから」はじまる生き物。その下降線をたどっている過程を「なんか最近冷たいんだけど」みたいな感じで悩んでいる人が多いのかも。これはもうどうしようもないものなので、ある程度間隔を置くしかないと思う。

面子を守りたい男、関係を守りたい女

男は社会的動物です。群れの中で競争していくことを本能的に持っています。競争本能が無い男なんていないと思う。なので、男が今まで築いてきた社会的地位を奪うような拘束感があることを、僕もそうですけど男は何よりも嫌う。女のほうを向くということは、社会に背を向けるということになる。女が男をもっと欲しいと思う。取り込みたいと思う。でもそれは、男からすると社会的立場の喪失という死につながってしまう。そういう女性のことを男は「重い」と表現して、本能的な危機感を感じて去ってしまう。これはあなたの事が大切に思っていないとかそういう問題ではなく、単純に純粋に「あ、オレ存在消えるかも」という恐怖だと思う。こういうのが結婚生活の難しいところでもある。

ま、色々書いたけど

男って愛に生きることは出来ないと思うのですよ。愛の歌はほとんど女性が書いたものじゃないかな。男が書く歌って「マイウェイ」とか「昴」とか「終わりなき旅」みたいに、自分の行く道を歩いていくことで存在を確かめるような、そういうのが多くて。女性みたいに母性本能とか無いし、無限でもない。女に比べて、男の愛情って希薄で有限だと思います。

ほかにもこんな違いがあるよー、見たいなのがあれば是非是非教えてください。