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GoTheDistance

クオリティスタートという会社をやっている人のブログです。中小企業のIT活用を全力でサポートするエンジニアです。

「相手にこう思われたらどうしよう」を、捨てよう。

id:takerunbaのこういう所が大好き。愛してまう!

発言を額面どおりに受け取る

私もすごくすごくすごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉくそう思うんですよ。

  • 「空気を読むのはやめましょう」
  • 「行間を読むのはやめましょう」
  • 「言外のことを読むのはやめましょう」

これを「3つの読まない」と申します。「非読宣言」です。私たち「社交辞令が効かない会」は読みません。そのままです。シンプルでストレートな関係の構築を目指しておりますので、言葉とか表情などの表に出てくる要素以外のものは、一切読みません。逆な言い方をすれば、表に出てこないものは無視します。ないモノとして扱います。シンプルでストレートな関係に、存在するかしないかすらわからないものを持ち込まれても困ります。
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なんというオレ!

僕もこのタイプです。なんでかって?どんな事情があろうとも、本当に大切だと思っているものは絶対に表に出てきます。顔であったり、態度であったり、目線であったり、口調であったり。それに失いたくないって思っているのなら、どうにかしたいって思うのが人間です。どんなに言葉を重ねてもですね、やっぱり最後は「瞬間」なんですよ。脊髄反射で出てきた感情であったり心のゆれであったりとっさに出た行動が、答えなんですよ。それ以外のものは全部二の次でいいんです。言外のこと、っていうのはそういうことです。

かといって表に出てこない or 出せないのには色んな理由があるんですけど、結局の所根本にあるのは「相手に悪く思われるのが怖い」に尽きます。そして大変申し訳ないですが、この心配の9割は杞憂です。取り越し苦労です。弾言します。よっっっっっっっっっっぽど嫌われていない限り、相手のことを気遣って悪いように取られることはありません。相手もバカではありません。あなたが本当に気を砕いて言ってくれているのかどうかなんて、あなたよりも良くわかっているんです。悪く思われるのがいやなのかなっていうのも、伝播してると思ってください。そんなもん捨てちまえって。あなたは、あなたの思いを伝えればそれでいい。そこから先は、あなたが考える領域じゃないんだから。もう船は港から出たんだから。

そしてその船がちゃんと到着したかどうかは、本当はあなたが誰よりも知っていることではないでしょうか?

傷つくことを恐れて善意を受け取れなくなるのは寂しいことだと私たちは思います。また読んでも読まなくても他人の本当の気持ちはわからない以上、読んでも仕方ないというのが私たちのエコ意識です。ムダを省きたいのです。面倒くさいのはイヤなのです。
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タケルンバさんが女性だったらいいのにw こういうこと言ってくれる女性なら忠誠を誓えるよオレw

傷つくのを恐れては善意を受け取れないというのもあるけれど、嫌われるのも恐れては善意なんて与えることも出来ないとも思っています。行間なんて読まないでよ。人間関係ってその気が無いのなら絶対どこかで止まるんだから。止まるんですって。川の流れがせき止められるかごとく。落ち着くっていうのではなくて。

僕の持論に、「人間は残酷な人ほど優しくなれる」というのがあります。残酷な人ってね、相手がどう思っていようか全く関係ないんだよ。相手の気持ちなんて関係ないの。自分が好きだから言葉を尽くして気持ちを尽くすんだけど、「ああ、もうこの人はこれ以上のことは伝わらないんだな」って思ったその瞬間から、一切手を引くことが出来る。未練がましい人は、相手にかけた気持ちや時間とか時にはお金に執着する。残酷な人は、そういうものは持ち合わせていない。これ以上はダメだと思ったその瞬間から、プッツリと気持ちを切ることが出来る。優しさってそういうものなんだと思うんだ。相手の状態がどうであれ、出来る限りのことを自分がする。それでもダメって思ったら、後ろ髪を引かれながらも背中を向ける。

そういうのが優しさってもんじゃないかな。私はそういう付き合い方をしたい。

応えてくれたら嬉しいけど、応えてくれなかったら相手の負担にならないように、ひいては自分を必要としてくれている人のために、背を向ける。そうしないとさ、自分のために動いてくれている人や気を配ってくれている人に対して申し訳ないじゃないか。あなたの今の立ち位置や環境って、あなた一人が作ったものではないんですから。

そして、寂しさの8割はタケルンバ卿のおっしゃるように自分で手を伸ばすのが怖くて善意を受け取れなく事だと思う。

見えている善意は善意で受け取り、見えている悪意は悪意として遮断する。そして善意とだけ付き合う。それでいいのです。それだけでいいのです。そしてそれ以上のことはできません。疑えば疑うだけわからなくなる。であれば目に見える部分だけひとまず信用し、それを前提に生きていく方がラクです。頭を使いませんし、精神的負担もありません。

発言を額面どおりに受け取る

これでいいんです。本当にこれだけでいいんです。目に見える部分をまず信用する。それを出発点(仮説)として相手とコミュニケーションをとる。深読みして「相手にこう思われたらどうしよう」なんて考えないこと。大抵外れているんだから。出発点が違ったらそれはそれでいいじゃん。違う道が歩けるんだから。いつまでも泥沼にハマるより全然いいと思ってます。

Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

社交辞令が効かないという言葉の真意は、自分の心や本能に従う勇気を持てということだと思います。もちろん私は会員です。余裕でw 

是非「社交辞令が効かない会」でOFF会が出来たらいいなと思います。お気軽にご参加ください。