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GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

真面目と真剣は違うもの

ここを混同してしまうとよくないですよ。全然違うものですよ。

だがしかし、

goo辞書に意味を聞いたら殆ど同じだった。絶望した!

(名・形動)[文]ナリ
(1)本気であること。真剣であること。また、そのさま。
「―な顔になる」「―に働く」
(2)誠意のこもっていること。誠実であること。また、そのさま。
「―な人」「―な人柄」
[派生] ――さ(名)
真面目 -goo辞書

(名)
(木刀や竹刀(しない)でなく)本物の刀。
「―で立ち合う」
(形動)[文]ナリ
一生懸命に物事をするさま。本気であるさま。
「―に取り組む」「―な態度」
[派生] ――さ(名)――み(名)
真剣 -goo辞書

い や そ れ は お か し い。


かくあらねばならないという悪癖

僕は「まじめ」という言葉が嫌いです。

僕の主観ですが、真面目という言葉を一言で言い換えると「かくあらねばならない」と考える思考傾向のことだと思っています。だから「クソ真面目」とか「生真面目」というまじめであることを揶揄する言葉が存在するわけで。クソ真剣とは言わないですよね。

なんというか、与えられたことに対してそれに沿うように、変に逸脱しないように、型というものから出ないように・・・。そういう感覚。それを「まじめである」と表現するように思う。僕にしたらそんなの悪癖にしか思えない。自分で考えることをどこかで放棄してませんか?

自分がやっていることに対する姿勢

これに対して「真剣」というのは、自分が取り組んでいること・自分の生き方、そういったものに対して手を抜かず常に前を向いている状態のことだと思うのです。ここには「かくあらねばならない」なんてものは決してなく、自分が「正しい」と感じたことに対して真っすぐであることを、「真剣である」もしくは「真摯である」と表現するのではないでしょうか?それが世の中の大勢に沿っているかとか、組織の中の風土に沿っているかとか、そんなの全く関係ないよね。

「真剣勝負」という言葉がありますが、それは互いがこれが正しいと信じることをぶつけ合うから勝負として味があるし、手を抜けないし、緊張感があるわけです。「真面目勝負」なんて言葉はありません。

子供のまじめ、大人のまじめ

素晴らしい言葉を発見した。

「子供の真面目さと大人の真面目さは違う。子供の真面目は与えられたことに対してただ真剣に考えて行動するだけ。大人の真面目は自分の人生を見つめて真正面から向き合って行動していくことだ。時には常識から外れていることでも正しいと感じたらそれをやってのけるんだ。」
真面目な人と言われて思いつく人 - BIGLOBEなんでも相談室

大人になろうぜ。