GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

ウィーク・タイズだからこそ「大人の流儀」

シュンポシオン横浜でお世話になったid:taknakayamaさんが非常に示唆に富むエントリを書かれている。こういう考え方で、僕もブログと付き合っていきたいと思う。

ブログ上でコメントをして誉めあう、あるいは前向きなトラックバックをしたり、はてなスターをつけあうという行為には心踊るものがあります。それは人が持つ善意の発露に他ならないからです。日本の社会は人を正面きって肯定することにためらいをみせる悪癖がありますから、こうしたブログにおける行動様式には何物にも代えがたいよさがあると私は信じています。身内同士ですらなかなかできない「誉める/誉められる」関係を作る、そうした関係の型を自分自身に叩き込む練習として、ブログは私にとってすばらしい道具だということです。

全面的に同意です。「叩き込む練習として」という言葉にグッと来ます。ほめる技術はとても重要。

否定するのは簡単といえば簡単で、感情を表に出せばそれで済んでしまう側面がある。たが、褒めるという行為には哲学が求められると思います。「自分はこれが良いと思っているんだよ」とポイントを明確に伝えられないと、相手を逆撫ですることにも繋がる難しい行為です。はてなスターのいい所は「静かなる善意」をそっと伝えられたりする所なので、声高に主張するのが必ずしもベストではない。

余談ですが、はてなスターって敷居が高いらしいです。もっとはてなスターを使って「あなたの言ってることは良かったよ!」って伝え合えばお互い気持ち良いと思うんだけどなー。ゆるふわでいい感じ。

私はブログでは「ブログの仲間」といった言葉を使っていますが、「仲間」であるという感覚は強く持っています。その中から、「この人とは一生の友達になれるかもしれない」と言えるような付き合いも生まれてくる可能性は驚くほど高い確率で存在しているような気がしますし、すでに私自身はそんな関係を何人もの方と結んだような気にもなっているのです。

でも、だからこそ。ブログの仲間は、お互いがきちんと他人同士であることを意識していこうじゃないかと言いたいのです。そして、そのことに実は大きな意味があると私は考えています。

ブログを通じて知り合えた人って、基本的に波長が合うことが多いです。趣味・嗜好・考え方・方向性・価値観。そういったものがエントリの向こう側に見えて来ますので、それを暗黙的に共有できるメリットはとても大きい。
しかしそれは、ベクトルが合うがゆえに逆に言えば最も暴走する危険性のあるものを共有しているとも言えます。

だからこそ、お互いが他人であることを意識すること、つまり「親しき仲にも礼儀あり」の心を持つことが大切だと中山さんは主張されるのではないかなと推察します。趣味嗜好ベースだけのつながりで互いのポジションが形骸化すると裸の王様に近しい事態が起こる恐れもあるし、何より自分を鍛えるために必要なあるべき距離感・秩序が保てなくなる恐れが高い。

ウィーク・タイズだからと言って、夢見る少女になってしまってはいけませんよね。

仲間うちの関係に安住するのではなく、外に出て他人との関係を鍛え、楽しむ場としてのブログ。あるいは「シュンポシオン横浜」。知り合い以外とはちゃんと話ができませんというのではなく、きちんと外で自身を表現する場としてのブログ。

でも、これこそウィーク・タイズでしか出来ないことだと思います。

ストロング・タイズの環境下だと、会話の内容が惰性的に固定されてしまうことが過多ある。普段どおりというか、無難というか。これはもう、そういう力学が働きやすいとしか言えない。ウィーク・タイズの環境はゆるいがゆえにお互いの環境を壊さない上でぶつかり合いが出来るけど、ストロング・タイズだと自分の立場が不安定なものになることもあるので、なかなか難しい。

共有している環境が無いってことは、強制力が働きにくいことを意味します。職場・家庭なら然るべき強制力が働きますが、Webベースのお付き合いはそうはいかない。その中で適度の緊張感を持って互いに信頼感を持つ人間同士の関係を築くために必要なことは、「大人の流儀」だと思います。

緊張感を持つということは、対立することではありません。ジャブの打ち合いをやれってことでは無い。ただ、お客さん意識を持たずに相手を楽しませよう・自分も楽しもうという意識を持とうよ、ということです。そうでないと有機的な化学反応が起きないから。
梅田さんのオリジナルの定義とは意味合いは違うけど、僕はこれも大人の流儀だと思います。

どれほどの数の人がいても、一人ひとりの個性や経験や環境はすべて異なります。さまざまな個性や志向性を組み合わせていけば、「自分がやらない限り世に起こらないことをする」ことは必ずできる。これはだれにも開かれた考え方で、それがフラット化するこれからの時代に、仕事の上でコモディティ化しないための心構えだとも思うのです。

梅田さんが繰り返し主張しているのは、「個の固有性」は絶対に無くならないということ。つまり自分が自分であることは不可侵だってこと。それを意識した上で、自分の時間の使い方を戦略的に考えなさいということ。でもって、「ウェブ時代」っていうのはこういう軸で成り立っている世界だからそれは正しく理解したほうがいいよ、ってことじゃないかな。これに尽きると思う。

ウィーク・タイズのネットワークの中で、個の固有性というカードを握りしめつつ外に向い、楽しいポーカーゲームをやりましょう!

追記

ウィーク・タイズとストロング・タイズの概略は下記エントリをご覧下さい。

http://yamayama.at.webry.info/200505/article_4.html