GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

自分のハートをココに込めたとわからせろ

さまざまなめりっとで取り上げてもらったので、もうちょい掘り下げて書いてみる。いつもあざーす!

ほとんどのヒトが、自分がありがったがっているもの、価値があると思っているものがなぜ大切なのかを、自分の言葉で語れない。

デザイン力の欠如 - さまざまなめりっと - はてなグループ::ついったー部

このPOSTは元々はハウツー本ってリクツを論じているだけだからつまんないなんだよな、っていう所から端を発しています。理屈を論じても、そこには発見が無いことも多い。だから「ところで、なんでそれが大切なの?」っていう質問に対して外から理屈や理論を持ってくる。いや、理由を聞いているのに理屈を持ってきてどうするのよ、と。理由は論理で無ければ構築できない。理由を理屈で返し続けるような会議は大抵泡のように浮かんでは消える。特に何かPUSHしている理由が理屈の場合は不幸の始まりだったりするので、気をつけたいところです。

理論と論理は全然別物。理論の理は理屈、論理の理は理(ことわり)ではないか、と思います。

理論から理屈を抜いてノウハウを論理で構築していないのに、もってきた理屈に対して文句を言うのは筋違いも甚だしい。価値があると思っている理由を語れないのに、「思っていたものと違った」とか言われるのは心外だよなぁ、と。出発点も着地点も明確になっていない、AsIsとToBeの検討軸も明確じゃないのに、理屈を持ってきてツールのせいする、という局面はIT屋さんなら一度は遭遇しているんじゃないかなぁ。自分でToBe描けないのに他人の描いたToBe持ってきてこれは僕が思っているのとはなんか違う、というのは少々幼稚だ。

まなめ王子はこのPOSTから「自分の思っていることをアウトプットできる能力=デザイン力」という一言を付け加えていた。デザインという言葉で表現されたことにちょっと驚いたけど、確かに「オレはこうなんだ」と思っていることを外に出して感じられる or 具現化することは、広く捉えればデザインなのではないかと思った。
僕の中でデザイン力というものは、「自分のハートをココに込めたとわからせる能力」だと思っています。それが無いデザインには、中身あるものは生まれない。資料でもコードでもトークでも、なんでもそうだと思います。ハートがこめられていると感じられるから、言葉に深みや重み、こいつの言うことならやってみよう or 頼んでみよう、という気持ちにもなって頂けるし、生産的なコミュニケーションにもつながっていける。

さて、あなたのアウトプットのどこにハートは込められていますでしょうか?