GoTheDistance

ユーザ系SIerから全く別業種の会社で「ひとり情シス」として内製してる変わったエンジニアのブログです

経営が苦しい会社が陥りがちな5つの問題

トップやリーダーがこういう考えで物事を判断するとろくな事にならず経営状態が良くならない。そんな「あるある」ネタが5個たまったので、シェアさせて頂きたく思います。

1. やってみないと分からんと高を括る

やったことがないことをやる意味はすごくある。やったことがないことができるから成長できる。けれども、やってみて失敗した時の影響範囲によってはものすごく高い授業料を払うことになります。

運営上の課題を整理して走り続けるのはOKなんですが、やる前にダメだった時の終わり方を必ずシミュレーションする必要があります。ここまでやってダメなら次を考える「撤退ポイント」がないと、いつかは辿り着ける症候群に陥ります。この疾患は感覚で物事を判断するタイプに非常に多く、逆算して物事を考える習慣がありませんのでやってみないと気がすまないという。

「やってみないと分かんない」の対極は「やる前から終わってる」です。ゴール(到達点)は近づいてくるものであって、追いかけるものではありません。

2. 売上はあればある方が良い

売上が無ければ何も始まらない。売上がすべてを癒す。それは正しい。

でも、安定した経営をする為に必要なのは売上を最大化することではなく、利回りを最大化すること。かけたコストに見合うリターンがどれだけなのか。そのリターンを組織力で得るため為にはどうすべきなのか。そこから逸脱していくと、環境の変化にとても弱くなります。

売上原理主義に侵されてしまうと、下記ポイントが蔑ろにされがちです。

  • 売上と比例して仕入も増えていないか
  • かけた経費に見合う利益は妥当なのか
  • 誰か・どこかに過度な負担を強いていないか
  • 次に必要なお金をかける意味があるのか

1000万の売上でかけた経費と仕入が800万、500万の売上でかけた経費と仕入が300万。どっちがいいかと言えば後者です。残る額が同じなら支払いが少ないほうが(損益分岐点が低いほうが)良い。でも、1000万の売上が減るとただ怯えるケースが多い。利益率を悪化してまで掴んだ売上の未来は、大抵暗いものです。会社のキャパやビジネスモデルに依りますが、安定した基盤を作るために売上を減らすのが最適な場合もあります。

3. お客様は常に敷居が低いサービスを喜ぶ

より早く、より安く、より細かく。より利便性の高いサービスを提供する。大変素晴らしい考え方です。

お客様が注文しやすいように障壁を下げようという話は一見素晴らしく感じますが、敷居を下げ過ぎると足元を見られます。ま、あそこならこの程度の注文でええか、と。顧客の中でのランクが下がり、自分で自分を安く売るのは身売りにしかなりません。必要以上のサービスを提供すると過剰な負荷がかかり、自社の営業利益を圧迫します。

全ての顧客に対して、各々の望む形に合わせることは出来ません。必ずどこかで意味のないサービスを提供することになります。言い方悪いですが、どの会社も明確な判断基準を持って顧客を選ぶ必要があります。「ここまでしか出来ません」という線を引く。その線の引き方が顧客管理そのものです。経営者の腕の見せどころ。

4. レベルが違うものを努力で解決しようとする

これは1番のアンチパターンにも似ているのですが、10の力しかない組織が20のことを達成するのは無理です。10の力で20の重さの石を押し続けるのは無駄。押し続ければいつかは20の重さの石をずらすことぐらいは出来ますが、その負担を別の所でしわ寄せしてるだけです。同じことを繰り返して異なる結果を期待することを、アインシュタインは「狂気」と表現しています。

努力で最も大切なのは方向性です。寿司を上手に握れるようになりたいのに、ラーメンを茹でる努力をしてもしょうがない。極端な例を上げましたが、その努力を続けても全く状態は良くならないだろっていう話は結構多いです。人の動き方が正しい方向に変われば会社はガラッと変わるものです。

5. 俺がやったほうが会社にとって都合がいい

経営における「クソジーコ問題」とは / 佐藤 裕介 | STORYS.JPと少し似てる。

創業者は凄腕の営業マンであることが多いです。誰よりも多くの情報を引き出し観察し洞察した上で、その顧客との商談を成立させます。が、洞察という行いは非常に感覚的です。言語化するとマニュアルになっちゃうというか。その嗅覚がある前提で営業マンに指示を出すからどうしようも出来ず、結局自分でやっちゃう。そしてミドル層が入れ替わり立ち変わり、振り出しに戻る。

誰かの能力に依拠して何かを立ち上げることは何の問題もないですが、会社組織は常に変革をしていかねば現状維持すら難しくなります。組織変革を阻害する一番の理由は、属人性です。その人がいないと回らない場合と、その人が足を引っ張る場合があるんですけどね。極端に言えば後者だったら切ればいいだけなんですけど、前者になると一筋縄ではいかない。

色々と書きましたが、強いて共通点を挙げるとすれば「意味の無いことをやっていれば、必ずどこかで歪みが生じる。」ってこと。その辺りがマネジメントが求められる大きな理由の1つだと思いました。

エンジニアの「出来る」を正しくマネジメントする為に必要なこと

この記事面白かったです!

「出来る」と「実装する」の間には多くの解決すべき問題が含まれているから気をつけろよっていう警鐘を鳴らしている記事なのに、「出来るからやるって単純バカなんだけど」っていう反応が多いのが印象的でした。その理由の9割は、タイトルに「エンジニアはネ申」って書いたせいだと思うけど。

私からは、社内業務システム内製を通じて感じました、創造主であるところのエンジニアとハッピーに仕事をするためにはこういうことを一緒に考えよう、っていう話をしたいと思います。

実装可能と実現可能は別問題

前述の記事も僕の補足も、主題はこれだけ。だいたいそんな感じ。でも、順を追って説明します。

技術的に実装可能なのか否かは、当然一番最初に考える問題です。そこでNoならこの話は終わります。技術的と簡単にまとめますが、エンジニアによって判断基準は全然違うから悩ましいです。そこは差し引いて、単純に求められた機能の実装が可能なのかという点に絞って前提をおきます。

仮にその機能が実装可能とします。政治的制約(大人の事情)を度外視して本筋を述べますと、「可能かどうか」と「やる必要があるか」は全く別の話になります。可能だからあったほうがいいのでやろうってのは、よい結果を生みません。哲学がないからです。本来は「無くてはならないものだから、やろう」という説明が出来る必要があります。

実装可能から実現可能かの議論を生産的に行うためには、ソフトウェア開発においては下記の代表的なポイントを抑える必要があります。

  • 既存のプログラムの影響範囲
  • 納期が遵守可能かどうか
  • 実装コスト(工数)
  • その機能があることに生まれる価値
  • その機能がないと損失する価値

ほとんど政治的な部分です。作ることの意味を見出すためには、ソフトウェアを使っている人々の様々な立場を吸収して立脚点を作る必要があります。

僕の場合、経営者及び事務方の思いつきによる「これがあるといいなぁ」というぼんやりした実装依頼が結構多いです。それだけでは作る理由にはならないので、「現時点でその機能がないことでどんな損失があるのか」という話を先に詰めます。その詰めを怠ってしまうと、ソフトウェアがどんどんメタボリックになります。作ることで自分の首を絞めて技術的負債が積み上がるなんて、実にバカバカしい。非常に良くないことです。

難易度は別問題として、機能追加するのは簡単です。作ればいい。人間で言えば、食べる量を増やせばいい。でも、減らすには哲学が必要です。ダイエットに適切な方法と適切な食事が必要なように。

・・・っていう背景を前提において考えますと、ソフトウェアのマネジメントをするにあたっては「作らなくてもいいんじゃね、それ」を議論するのが一番早道だなぁと感じることが多いです。何故かと言いますと、

  • その機能が無いと解決できない問題は明確なのか
  • その問題を解決することでどんなメリットがあるのか
  • これだけのコストをかける意味があるのか
  • 作る以前に代替手段はないのか

上記4つに明確に回答できる必要があるからです。この4点を利用者・実装者・マネージャーの三者で共有することが、「やらなきゃよかった」という残念な結果を未然に防いでくれます。

なんでここまで議論する必要があるかって言うと、間違った要求が来ることも多いから、だったりします。欲しいって言ってる内容と、実現したことで期待する結果が食い違うのはよくある話ですよね。お前が欲しいから作ったのにこれは違うってなんだよ、みたいな。その乖離を防ぐことはとても重要な事です。腐った仕様を生み出して機能を提供してしまうと、誰も得をしませんから。

この問題については詳しくは下記の過去記事で議論していますので、よろしければご参照下さい。

Happy Coding!

永和さんの「価値創造契約」が大苦戦を強いられている件

この資料、非常に衝撃的だった。中の人がここまで公開していいものなのか、という意味でも。

永和さんの価値創造契約とは

新しい契約形態での受託開発サービス「価値創造契約」 | 永和システムマネジメントに詳しくありますが、簡単にいえば「初期費用無料で、常に改善・運用をしながら月額定額制でシステム利用料を頂く」というビジネスモデルです。価値あるシステムは必ず長く使われ変更を伴うのだから、その変更を受け入られるモデルを提供すれば双方にメリットがある。これが立脚点のようです。

2013年営業実績、0件

資料によればテレアポを800社行い、様々な展示会にも出展されたそうです。12社にコンタクトできたけれど受注は0件だと書いてあります。マーケティングに失敗してしまったと言って良いでしょう。

受託開発の弊害と指摘される「価値あるシステムを作りたいユーザーと、作ることが目的になるベンダーとの間に生まれる、ゴールの不一致」を解決できるビジネスモデルなのに、どうして苦戦を強いられてしまったのか。僕が思うに大きな理由が3つあったと見ています。

謳ってるメリットが伝わらなかった

価値創造契約では、「いつでも解約」「初期費用無料」でソフトウエアの利用するまでの負担をかけないという点がメリットとして謳われています。しかし、資料でも言及されていますが、ユーザーにとっては全くメリットでは無かったと書かれております。解約する前提でシステムの開発依頼をする会社は無い、と。嫌な言い方をすると、いつでも逃げられるように予防線張ってるんちゃうかと勘ぐられることもあるなと感じました。

負担がかからないから良いでしょってのは、「この商品は他のメーカーより安いからお得ですよ」という話と大差がない。極端に言えば価格勝負をしている。割安という点をクローズアップしてしまうと、自分の欲しい価値がゲットできる保証になってない。その商品である理由が説明できていないし、買った後のメリットが理解できない商品を買う顧客はいない。その辺のズレがあったのでは、と。

チケット制がうざい

月額定額なのに従量課金でチケットを売ったのも非常に不自由で、個人的には気に入らない。回数制限があったら、そう簡単に変更依頼は頼めません。もし頼んだ変更を適用した結果、昔のほうが良かったから戻したいという時に新たにチケットが発行されてしまうとなると、デメリットが際立ちます。「ちょっとした機能追加にチケット追加ならやめよう」→「チケットで予防線張っといて何もしてないのにカネを取るのか」にすり替わってしまうんじゃないでしょうか。運用しているから何もしてないわけじゃないけど、心証の問題で。

後から見えない費用がかかる可能性が高いのなら、始めに一括で払ってスッキリしたいというのが一般的な感覚でしょう。

要件定義〜リリースまでの費用をとらなかった

取るべきです。絶対。

WF型でもアジャイル型でも、要件が決定しなければ次の工程に進むことはできません。特に柔軟に変化に対応することを前提とするアジャイル型の場合は、WF型よりも顧客にかかる負担が大きくなるはずです。だからこそ、期間を決めて金銭を発生させることで真摯な議論を積み重ねるようなビジネスモデルにすべきでした。要件定義が遅延すると追加料金出ますよぐらいでもいいでしょう。その後が月額定額なんだから。どの案件でも要件定義は不可避ですし、そこできっちり詰めていればフェーズ分けの議論もしやすいでしょう。

この部分が無料になってしまうと、発注側は「無料だからいつでもいいや、後から考えよう」になりかねないし、開発側は「明確な縛りがないから、詰めたくても押し切れない。非常にやりにくい。」という中途半端な状態になるんじゃないでしょうか。また、このまま進めてリリースして大丈夫かという不安にもつながります。要件定義等のコストをサービスしてしまえば開発者のモチベーションを下げる結果になるでしょう。

上記3点のビジネスモデル上の欠点が大苦戦の背景にあるのかなと思いました。

その他資料に記載されているエピソード(失敗談)は、このモデルに限ったものではないと思ったので取り上げておりません。詳しくは資料をあたってください。

今後の展開は?

どうしましょうかねぇ・・・ まぁ、頂くべき対価の設定を間違えてしまったのなら、価格体系を大幅に見直すべきでしょう。そうなると今までと何も変わらないよって話になりそうだから何とも難しいのだけれども。

長く使い続けられるシステムを育てていくことがWin-Winなのは間違いありません。でも、価値を提供するためには然るべき所で対価を頂く必要があります。今後どのような巻き返しをなさるのか、期待しております。

はてブを頂くことで生まれる悲喜こもごも

突然はてブTwitterで著名人に拾われて自分のブログに大量アクセスがやってきた・・・そんな時はどうしたら良いのか問題。

最近のはてなオフ会クラスタの方からみればお前誰だよだと思いますが、不詳ござ先輩、今まで38,000弱のはてブを頂いております。乱気流に頭から突っ込んでどーゆー感じで心のバランスを取ったのかみたいな、そんな話を連々と書きます。

はじめてホッテントリに入った時のこと

「もういいじゃん・・・」っていうのが正直な感想でした。アメリカにはSIerなんて存在しない - GoTheDistanceという記事が2007年に突然ブクマ頂きまして、色んなコメントを頂きました。コメント内容云々よりも、早くこの乱気流は終わらないかな、と。色んな人に見て頂ける事自体は嬉しくても、僕には何のメリットもなかった。ブログで商売してるわけじゃないから。

「どこまで伸びるのだろうな〜、うひょひょー」という期待感は全くなく、どこまで伸びちゃうのこれっていう焦燥感しか無かったです。

アテンションの濁流でバランスを崩す

読み手に自分の意図した通りに読み取って頂けない場合は、原則として書き手の問題です。誤解を生むような書き方が悪いと考えるべき。でも、それが不特定多数だと・・・どう対処していいかわからないんですね。

頂いた大量のコメントに目を通すと、「すいません、それ違います。こういう意味です」っていうポイントが複数生まれます。色んな人が見に来てくれるので、余計気になります。訂正・追記したりはするんですけどね。またそこでDISられるのは・・という気持ちにもなります。書いた記事によっては「ここだけは曲解してほしくない」という所もあり、そこを守るように予防線を張るとその行いがバカらしくて自分で凹んだりしました。

ホッテントリに入って1番堪えたのは、不特定多数のコメントを頂き続けると自分が否定されているような感覚になったこと。あくまで記事についてのコメントなんですけれども、「この記事なんなの」と「コイツ何なの」って非常に距離が近いのです。そこから自己罪悪感というか、そういうのも生まれた。この肌感覚はホッテントリに入らないとわからないかもしれません。

情報の取捨選択は受け手の自由

その自由を阻害したり、解釈を強要することは絶対に出来ません。

はてブで頂いたコメントを見ては「なんで言わんとしていることがわかんねーかな、随分と勝手な解釈しやがって」という苛立ちを感じていた頃もございましたが、この行いが天に唾を吐くのと同意だと気づいたら気が楽になりました。

そういう気持ちになると「この記事で伝えたいことはコレなんで、そこだけ伝われば後は何でもいいや。」という絶妙なバランスを取ることが出来るようになりました。ホッテントリに入ってから、2年ぐらいかかりましたけど。

段々と守りたい主張とツッコミ所を記事内で両立させることが出来るようになり、頂いたコメントも「あ、やっぱそこですよねー(・ω<)テヘペロ」的な感じで受け流せるようになりました。何かを主張するってことは何かしらの立脚点を持っていますので、その立脚点の違いに拠る見解のズレは当たり前のことですから。良い悪いではなくて。

その辺のやわい気持ちをまとめた記事が他人からの評価は受け止めちゃいけない - GoTheDistanceになります。よろしければ。

承認欲求

今は全く無いですけど、はてブに慣れてくるとブクマを集めることが面白くなった時期も確かにありました。このテーマの記事じゃ伸びないからやめようとか、これを記事にすれば絶対伸びるなとか、そんな打算というか。初めて1000ブクマ超えた記事を書いた時は、正直テンション上がった。

コメントに対する耐性がついたので、書く以上はいっちょやったろか的な気持ちがで出来ちゃった。書いた記事が全くブクマつかないのはつまんなくなってしまい、ちょっとかっこ悪いぐらいに思ってた時もあった。こういう気持ちのことが承認欲求なのでしょう。

しかしですね、それらの感情はブログというかネットから距離を置くとス~ッと消えていきました・・・。

もう3万8千もはてブを頂きましたので、はてブを頂くことで何かを得たいという欲求はさすがにもう無いです。ブクマページのコメントを非表示する予定はありませんのでご安心下さいませ。百花繚乱、大歓迎です。

はてブのおかげで今がある

ブログをやり続けてきた1番の理由は、やっぱこれ。近しい人・友人が見守ってくれたから。その延長線上で、ブログを見てくれて参考にしてくれた人が増えたという好循環があって、色んな出会いや機会を僕にくれました。そうなると、辞める理由も無かった。もったいなくて。

それもやっぱり自分の軸足は普段生活しているこの世界で、自分が信頼してるパートナーや理解してくれる人たちが分かってくれればそれでいいや、と気付けたからだと思います。

インターネットでは軸足をブラすと死ぬ - インターネットの備忘録

はてブのおかげで今があるし、はてなでブログをやっていて良かったです。

また、7年前からずっと記事を取り上げてくれたカリスマ個人ニュースサイト管理人である「まなめ」氏には大変感謝しております。「はてな生まれ まなめはうす育ち」と申しますか。

最近はめっきり更新ペースが落ちてしまいました。すいません。これからも頑張りますので、よろしくお願い致します。

【書評】「IT専門調停委員」が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則

日本実業出版社の今野様より献本御礼。

「IT専門調停委員」が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則

「IT専門調停委員」が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則

なぜ、システム開発は必ずモメるのか? 49のトラブルから学ぶプロジェクト管理術に続く、細川氏の第2作。前作ではITシステム開発の難しさを題材に網羅的にユーザーやベンダーがプロジェクト運営で失敗してしまうポイントを挙げられておりました。いわば、入門編という位置づけですね。本作では実際にプロジェクト運営でモメてしまう所も判例を通じて論じており、いわば「実践編」という立ち位置になっています。モメてしまうポイントを先回りして、フェーズ毎にヘルスチェックをして頂いております。

本書は女性弁護士キャラは出てきません。悪しからず。

システム開発複雑系の極み

本書ではITプロジェクト運営を成功裏に導くために、77個の鉄則(チェックポイント)を掲げてこのチェックポイントをうまく抑えておかないと水が漏れるように浸水する可能性があるぞ、という警鐘を鳴らしています。

・・・77個もあるのか、というのが僕の正直な気持ちです。請負でこのリスクを背負うベンダーはよく商売ができるなと。ディフェンシブになるのが当然。転ばぬ先の杖を提供するのがプロの仕事だから当然のことだよ。転べば転ぶほど金も時間も喰っちゃう。

MosCow分析を徹底する

僕が自社の業務システムを運営している中で感じるのが、どの課題も等しく同じ重要だと考えがちな人がとても多いこと。これでは課題管理にならない。課題管理表を回覧板にしないために、WBSの粒度(更にはタスクを定義)を決めるために最も重要なのが、本書の132pで触れられているMosCow分析だと感じました。

Must その要件が実現されなければ、システムやサービスの導入目的が果たせないもの
Should その要件が実現されなうても、システムやサービスの導入目的が果たせるが、メリットが大きく損なわれるもの
Could その要件が実現されなくても、システムやサービスの導入目的が果たせるしメリットもあるけれども、実現すれば更に大きなメリットを享受できるもの
Would 現時点で議論する必要がないもの。実現の要否判断をしたところで、導入目的にもメリットにも寄与しないもの

この区分けができていれば、課題を構造的に管理できるし、どの課題を潰せば他に影響が出るのかも議論しやすいと思う。

他人に仕事を任せることに不安な方にもおすすめ

本書は最も複雑なIT系のシステム開発プロジェクトを題材にしてモメないようにヘルスチェックが出来ますので、細かく厳密に状況を俯瞰できます。本書に挙げられた基準を元に他社様に依頼した作業の管理手法を見なおせば、ご自身のお仕事の管理効率UPにも繋がります。部下を持った、パートナーと共に働く。そういったことに、ちょっとでも不安を感じた方は一読をおすすめします。

ここから本書と関係ない話

モメないプロジェクト運営をする最適な方法を教えます

非常に簡単な事です。開発をベンダーに依頼しないで自社で開発することです。これで全てのリスクは自社内だけ。僕は本気でそう思っている。日本の会社の99%は中小企業だし、中小企業が日常的に使うシステムを作るインフラは有り余っている。弊社内製システムはVPSで動かしているので、モメるのは物理的障害(プリンタ接続)ぐらいしかない・・・。中小企業のトランザクションなど年間で1万レコードあるかどうかだし。パフォーマンスの問題などまず出ない。

オーダーしたことでコントロール出来ないなら、オーダーしてはいけない。自分でExcel/Access/各種PaaSで自作すればいい。もしくはASP/SaaSを借りたっていい。いわば、自習。Access使って簡易的システムを構築する本など巷にあふれている。これがWebベースでかつインターネット上に構築して売上を取るようなサービスになると話は別だけど、事務作業の代替手段なら自習しよう。お兄さんとの約束だ。

言い方悪いけど、素人だから生兵法は怪我の元でプロに依頼して、プロに対する仕事の依頼方法がわからずに爆死すること程、愚かしいことはない。

ソフトウェアは完全にコモディティ化しており、制作するだけならいくらでも手段がある。何百万もかける予算があるなら自習期間にお金をかけたほうが、後々IT戦略を立てる時に地に足の着いたものになります。