GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

当事者意識を持てという言葉の向こう側

エモい資料が上がっていた。こういうのは大好きだ。一筆くれてやるしか無い。

speakerdeck.com

この資料のあるページに引用された岩田さんの以下の内容が、Xで色々出回っていた。

誰かのお役にたったり、
誰かがよろこんでくれたり、
お客さんがうれしいと思ったり、
それはなんでもいいんですが、
当事者になれるチャンスがあるのに
それを見過ごして
「手を出せば状況がよくできるし、
 なにかを足してあげられるけど、
 たいへんになるからやめておこう」
と当事者にならないままでいるのは
わたしは嫌いというか、
そうしないで生きてきたんです。
https://www.1101.com/president/iwata-index.html

知っててやらないのは、知らないよりタチが悪いかナ

知っててやらないは、知らないより悪い。当事者意識を最も単純に表現しているのはこの一文でしょう。私はそのように教わった。

手が出ないままだと塩漬けすることになる。改修が出来ないので、濃淡はあるにせよ組織のケイパビリティは下がるから、働きにくくなる。それが度を超えると人災を生み出す。もっとひどくなると、負の連鎖が巻き起こり大きな経営上の判断ミスが生まれて、倒産に向かうような気がする。誰が悪いんだろう。

何打でホールアウトできるかわからないゴルフ

ほとんどの組織運営上の問題は、放置しても倒産に直結するようなものではない。この問題を放置したらサービスが売れない・モノが売れないことに直結すれば対策が自明になるから、問題にならない。

対策が自明じゃないから問題になるように思う。例えると、何打でホールアウトできるかわからないゴルフ。「最終的に、どこまで」を手を出せば良くなるか、わかんない。未来から逆算して考えられるわけなくて、ピンが何ヤード先にあるかわかんねーけど、方向はあっちだからティーショットを打つ。そんな感覚。ゴルフは結局一人でやるしか無いので、それも似てる。キャディはドライバーに変わることはないから。

「手を出せば状況がよくできるし、なにかを足してあげられるけど、たいへんになるからやめておこう」という状況は、そういうものに見える。

やらないと出来ないことを、取り入れよう

当事者として逃げられぬ局面、多かれ少なかれあると思います。

そんな時に支えになるかもしれない、湾岸ミッドナイトの一コマをご紹介します。超一流のチューナーである、山本和彦の言葉。

これはいつもオレ自身に言い聞かせていることなんだが、
やらなければできないが大事なんだ。
でも人は知恵がつくと、「できるからやる」になるらしい。
それは結局、「できないことはやらない」だ。
それではその先の走りは引き出せない。
湾岸MIDNIGHT 第37巻

コンフォートゾーンなんて言葉使わなくても、これだけで表現されている。とてもいい言葉。やらなければできないことを行ってリスキリングしないと先細りするという示唆。

本を読んでも、できるようにならない。漢字は書き取らないと書けないのと一緒。それ以上でも以下でもないので、書き取れるものからトレースして、自分のやり方をどこかでつかめば。躊躇しないで。その結果としてハードワークになっちゃうかもしれないけど、甘受するしか無いかなーと思う。心理的安全性という言葉がコンフォートゾーンの免罪符になっているケースもある気がして、逆だろ逆って思う。そこから抜け出す為のものでしょう。

誰かと協調してやらないといけない、方針を決めないといけない。いきなりドンと渡されてもまず失敗する。だから、自分で片がつく範囲で、やらなければできないことをやる。そうすれば自分で見つけた何かが残る。見つけるに至った過程が、明文化は難しい経験値として。

自分で片がつく範囲で、やらなければできないことを片付けていくと、だんだんそれらがつながって、ゴルフじゃないけどコースの攻略法を自分の手数からはじき出せるようになる気がする。でかいIssueをひとりで倒せってではなく、でかいってわかってるなら細かくしろだし、細かくできるなら座組を組むために相談できる人を探せになる。そうやってアクションが取れる単位までに分解していけば良い。でも、やらなければできないアクションを取ったことがないと、それもできない。

組織のケイパビリティを左右する経験

この種の経験、フリーランスだと積みにくい。立場上与えられないと言うか。フリーランスを揶揄して「ワーカーとしての経験しかない」っていう話の向こう側は、組織のケイパビリティを左右するような意思決定を下してリードしたことがないのに、どうやって組織の中でバリューを出すのかという問いだと思ってます。そこにはステークホルダーという地雷原を歩いてどう捌くか、そういう明文化しにくい過程も入っている。私は初手がエンプラだったので、その種の議論をする同僚・先輩・上司・外注先がたくさんいあった。ペーペーから役員層まで全員と何かしら関わって仕事ができた。その時のコミュニケーションの節々が活きている。

社員と外注ではタッチできる情報や会議体に差がある。発注して頂いている組織の抱えている課題を共有できるような環境に、なかなかフリーランスの立場だとタッチさせてもらえない。求められていないことも多い。

そうはいっても、社員100%で構成されている現場って、絶滅しているような。人材斡旋ビジネスが盛んなITでは特に。社員が採れないし、採っても辞める。外注は契約がある限り辞めないので、調達して品質が良ければ困らないけど、プロパーがマネジメントして云々という話も。それでプロパーがやりがいを無くして辞めちゃう気もするけど。

組織のケイパビリティを左右する意思決定は、様々な所属先を含めたチームでやる時代になったと思う。最も必要なのはファシリテーター(旗振り役)かな。「手を出せば状況がよくできるし、なにかを足してあげられるけど、たいへんになるからやめておこう」とワルツを踊るための議論をファシリテートしたい。それが40代のワイの個人的テーマ。

問題意識を共有する会ってイベントを、何回かやった。そろそろ再開しないとな。

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