GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

RE:キャリアにおける「鶏と卵」−「卵」を後回しにして欲しくない

仙石さん、トラックバックありがとうございます。コメント代わりのエントリ。

確かに、他に熱中できることがなければ、目の前の「本業」にがむしゃらになって取組むことも重要だとは思うのですが、自分が本当は何に向いているのか、いろいろ「かじってみる」余裕は持っていて欲しいと思うのです。
キャリアにおける「鶏と卵」 ── 「卵」を後回しにして欲しくない

おっしゃるとおりだと思います。私も道草を食える余裕が今自分に在るかどうかをかなり気にしています。

心理学者の河合隼雄先生が「こころの処方箋」という著書で、「道草によってこそ「道」の味がわかる」とおっしゃっています。正に仙石さんがおっしゃられることを意味していると思います。

まっすぐな一本道を歩くだけでは、道の味は分からない。私もアプリからインフラまで、業務設計から開発まで色々「かじって」います。道草によってこそ「道」の味がわかるとはよく言ったものです。SIerって専門性が高い人間よりも、設計から実装まで一通りこなせますよというタイプの人間が好まれる傾向があり、「道草をする」にはいい環境かもしれないと思います。

私の周りでもモーレツに本業にがむしゃらになって取り組んでいる方もいます。大きなお世話でもあるんですけれど、盲目的に「がむしゃらになれる=やってて意味がある=向いている」という等式が成り立っているように感じます。他の仕事に対する興味がないわけではないのでしょうが、どこか余裕が無い。その余裕の無さがなんかいやだなぁと思ったりもします。

「偶然のレベル」を引き上げることは、個人一人一人が自身のレベルを引き上げることによってだけでなく、「偶然」を起りやすくする環境を会社が整えることによっても可能だと思いますし、それこそが技術者のための技術会社の存在意義なのではないかと思います。
キャリアにおける「鶏と卵」 ── 「卵」を後回しにして欲しくない

確かに環境によって偶然の度合いを高めることは可能ですが、私は経営側の人間ではないので、「会社が変わるのを期待してもしょうがない」と考えるが正しいことのように思えるんです。私が個人レベルの考えありきの人間であることも大いに関係していますけれど。もしかしたら自分の頭が固すぎるだけかもしれません。

大学一年生に対して)新しい生活になり、友人が欲しいと思う人は多いでしょう。そんな人は、まず「何か」を学びなさい。その「何か」では、この大学で一番だと言えるぐらいに。そうなれば、自然と君の周りに人は集まるものです。
最初にがんばってキャリアの流れをつくってみる

基本的にはこの考えを重視しますが、そうなるために最も良い環境を捜し求めることも重要だとこのエントリ書きながら納得してしまいました。自分の社会環境と上手く付き合うのは難しいことだなぁ…。