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GoTheDistance

ござ先輩と言われています。(株) クオリティスタートという会社をやっています。

ネットの反応と付き合うコツのようなもの

気楽にTwitterを続けるための4つのポイント。 - かみんぐあうとっにインスパイアされて。

一言で言うと、「自分の手で掬おうと思ったものだけ掬えばいい」と僕は思ってます。

上記エントリで言わんとしていることは、「過度に自分以外の他人のことを気にするのではなくて、自分の基準に沿っているかどうかを気にしたほうがラクだし、長続きするよ」ということだと思う。

「気にしない」という言葉の良くないところは、主語が見えないことかな。「何を」気にしないのかというのが、自分の中で明確にならないと付き合い方も見えてこないので、だんだん距離感がつかめなくなって疲れてしまうと思う。

僕が気にしないようにしているのは、「自分が期待していた他者の反応」と「実際の他者の反応」のズレです。

一時期は「ここをわかってほしかった」「いや、それじゃないんだ」と色んな反応に「オレのこと何にも知らないくせによく言うよ」と思ったり、「うーん、どうしてそう伝わるのかな」と一つ一つ考えて悩んでいたのですが、段々こまけぇことはいいんだよと思うようになって来ました。僕がどうこういう問題ではない。伝わらなくて、あたりまえ。僕に合わせてくれることなんて、あるわけない。そう思うと、ほとんどのことがこまけぇことのように思えました。

これを気にしなくなると新しい発見に目がいくようになります。ネットでの発信が面白い・楽しいと思うことが増えていきます。勉強になることが増えます。逆に、「こうあって欲しかった」「そうじゃないのに」ばかりが前に行くと、結構辛いです。顔が見えないネットでは自分のごく一部分しか伝えることは出来ないから、余計辛い。しかも発信者にとってその距離を縮めることは、あまりメリットがない。

Twitterでfollow/Removeを気にする方は結構いらっしゃるようなのですが、komokoさんのおっしゃる通りで相手に決定権があることを「こうして欲しい」と望むのは天に唾を吐くようなものです。深読みするのはやめましょう。また、Follow/Removeに人格を絡めて考える方もいらっしゃるのですが、「オマエがうざい」と「オマエのPOST(独り言)がうざい」は、似て非なるものです。考えるだけ疲れるのでやめましょう。タイムラインの構築は自分が好きなように自分の世界を作ればよくて、それが「たまたま」シンクロしているぐらいに考えると、ラクだと思います。

ただ、不特定多数の反応が一度に可視化された場合は、ちょっと勝手が違います。

ニュースサイトにあえて取り上げられないようなブログを書こう、書くようにしようしているブロガーを知っている。目立たないよう、無難な文章を書く。そのブロガーは女性でニュースサイトに記事を取り上げられたこともあるが、今ではニュースサイトに取り上げられて、多くの人の目に晒されるのが怖いと言う。

ニュースサイト?なにそれおいしいの?―ブロガーはニュースサイトの威を借る狐になるな。 - ぱらしゅーと

この「いきなり勝手に戦場に放り込まれた状態」は、かなり堪えます。ブロガーは1人。受信者はN人。1:Nの構図は疲れます。

ネットで発信するのは自分にとって意味があればいい。他人にとって意味があるかは、「たまたま」でしかない。読者のことは、書き終わったら忘れましょう。

長く続けていれば自分のブログを何かしら楽しんでくださっている方の存在が見えてきて、それを教えてくれたのはニュースサイトであったりはてブだったりTwitterであったりするのだけど、そこまで行くのには潜伏期間であったり助走期間がどうしても必要になる。その過程の中で、不特定多数の反応との付き合い方も覚えていく。

そのたまたまは色んな条件が重ならないと出会えなかったりするし、そこまでの潜伏期間を耐える必要も正直どこにもない。実力なんてつける必要性はゼロ。メリットもあってないようなもの。注目されると疲れることも相対的に増える。自分にとって意味があることをネタにされることもある。

だけど、「たまたま」がシンクロできればとても嬉しいのも事実だし、それがブログを続けるモチベーションの大きな一因になっている。ブロガー仲間として、ブログを書くことは楽しいことだから、何らかの形で続けていって欲しいなぁと個人的に思います。